ken-j’s diary

日々の生活で感じた事や思い出した事を綴っております

旬ではないですが【花粉症】僕はピークです。

世間では花粉症のピークが過ぎ一段落している頃ですね。

 

『花粉症=杉花粉』

というのが一般常識だと思います。

 

ぼく自身、その杉花粉とはもう十数年位の付き合いとなります。

 

もうベテランの域なのでマスク1本で解決できるようにはなっていますし

何をしたらまずいかも分かります。

 

今年の状況といえば比較的軽く早くからマスクを手放しても問題ありませんでした。

それも薬療法などの対策もせずに済みました。

 

そして今年は例年よりもひどいなんて言われたけど大したことなかったなと思っていた矢先・・。

 

ここ数日間、くしゃみや花のムズムズ感といった花粉症特有の症状が出てきました。

 

まじかよ・・。って思ってます。ほんとに。

 

そこで、大半の人のピークが過ぎ去って忘れ去られ始めた花粉症について調べてみます。

 

まず、ぼくが現在苦しめられている要因となる花粉から追及していきましょう。

そして、原因と様々な治療や予防法があるので何点か紹介したいと思います。

 

項目に沿って見ていきます。

 

 

 

3月~10月 〈ヒノキ科〉〈イネ科〉〈ブタクサ科〉

ヒノキ科

ヒノキは建材としては最高品質と言われている木材です。

加工が容易な上にに緻密で狂いがなく日本人好みの強い芳香を長期にわたって発します。

日本と台湾にしか分布していないそうですね。

 

余談はこれ位にしてぼくの宿敵となっているか。これを検証したいと思います。

具体的にいうと3月中旬~5月中旬の時期と言われているのでおそらく今回の原因ではないだろうと考えられます。

 

ぼくはこのヒノキの香りが好きなので、嫌な印象を持たずにすみそうなのでよかったです。

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温泉とヒノキの香りは最高ですね~

 

イネ科

イネ科のアレルギー症状というのはスギ花粉と同程度に激しいそうです。

はい、体感的にはまさにそんな感じです。

 

ただ花粉の飛散距離はせいぜい200m程度なのでスギ花粉のように長距離に渡りません。

接触の機会がある場合に症状が出る事が多いようです。

そういえば草むしりをしたりペットのうさぎを連れ出し外で遊ばせたりしました。

その時に被害を受けたのかもしれません。

 

イネ科というとお米の稲を思い浮かべられる方が多いかと思います。

ぼくも最初、そうなのかと思っておりましたがこの時期の稲は植えたばかりで花粉なんてつけていませんよね。

 

なので具体的には

〔カモガヤ〕とか〔ホソムギ〕が原因のようです。

 

〔カモガヤ〕

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そういえばこんなの生えてました。

〔ホソムギ〕

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こっちの方がよく見るかも。確実に意識しますね、今後は..

 

多分この辺の草にぼくはやられているのだろうと思っていますが、一応もう1つ名前を挙げているので紹介しておきます。

 

ブタクサ

この草は秋の9月の短い期間だけだそうです。

でもぼくは昔、秋の花粉はブタクサだと聞いてきたので意外でした。

 

〔ブタクサ〕

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こんな草だそうです。

5月~10月までの花粉症代表格はこの草達だという事が分かりました。

これからはこの雑草には注意したいものです。

続きまして1月~5月の部に移ります。

 

1月~5月  〈ハンノキ属〉〈スギ〉

 

ハンノキ

正直聞いたことがありませんでした。

期間も1月中旬から始まり4月中旬には終わるということで、ぼくの住む石川では

実はなかったりするのではとも思っています。

素人なので分かりませんが。

 

〔ハンノキ〕

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雑木林にしか見えませんね。

 

スギ

花粉の代表選手なのでもう解説するまでもありませんよね。

これまでに紹介した花粉要因の草木が完全に前座であることが分かる情報として

まず

・量

 イネ科「1個」に対してスギ「50個」もの花粉をまき散らす

・飛散距離

 イネ科「10m~数km」に対してスギ「200km以上」飛ぶそうです。

 

やはりスギは強烈だったという見解ですね。

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画像を見るだけでくしゃみが出そうです・・

以上が季節によって花粉症を引き起こしかねない草木です。

現状、少なくてもぼくはスギとイネ科にやられていると考えられます。

 

では、そもそも花粉症になる原因は何があるんでしょうか。

 

原因とメカニズム

花粉症とは身体の免疫反応によって引き起こされる鼻水、鼻づまり、くしゃみなどの症状が

起こることをいいます。

ぼくの場合、そこに加えてせきや微熱のような症状が追加されまるで風邪のように

なります。

 

主な原因として抗原抗体反応によるものが原因となるようです。

身体が二つの原因物質(ヒスタミン、ロイコトリエン)を分泌して起こるものと

されています。

 

原因は何となくわかりましたが、大事なのは予防と治療ですよね。

 

予防と治療

予防

マスクとメガネ

この方法は冒頭でも話したように日頃から心掛けていた方法です。

しかしスギ花粉の時期にはまだそこまで暑くなく有効な手段となりますが

これから夏に向けては少し厳しいように思えますね。

 

十分な睡眠とバランスの良い食事

寝不足などもよくないようですね。しっかりとした睡眠を心掛けていきましょう。

 

食事については肉や揚げ物を控え、青魚中心のメニューにすることも推奨されています。

 

治療

今回の場合、スギ花粉ではないので非常に限られてきます。

根本的な対処療法として、手術があるようです。

 

「後鼻神経切断術」

というものらしいですが、鼻の中に内視鏡を入れ、粘膜を焼きながら後鼻神経を

切断するそうです。

めちゃくちゃ怖そうなんですけど。

ちなみにお値段は片側で9万から10万だそうです。

両方すると20万近くかかるって・・。

ちょっと難しいです。

 

まとめ

色々と調べてみましたが花粉って年中飛んでいるものなんですね。

なんとなくは知っていましたが、勉強になりました。

 

そして、花粉の代名詞はやはり「スギ」です。

スギの対処法はとして早めの対策はありましたが、これからスパンの長いイネ科などの

花粉についての対策にはあまり使えないものが多かったです。

 

症状を緩和させる結論としては

暑くてもマスクに慣れる。

早寝早起きを心掛け、規則正しい生活リズムを保つ。

食事は青魚を多く取り入れるようにする。

(お金に余裕が出来れば)思い切って手術をうける。

 

という事で、花粉問題を解決していこうと思います。

 

思いの他、長くなりました。

 

最後までお読み頂き有難う御座いました。

 

 

 

【おススメ】ブログきっかけの動画紹介!

Twitterでフォローして下さった方からの質問がありました。

 

「ブログを始めたきっかけはなんですか?」

 

このブログもかれこれあとわずかで200記事になります。

 

その中にブログを始めたきっかけやらその意義やらを散りばめているので読んでいけばわかるのですが、ライティング力が乏しい記事を延々と読んでくださいというのは苦行ですよね。

 

なので、きっかけの1つとなった動画であった一コマ、その1部分を抜粋し紹介します。

 

定期的に閲覧している(僕的には)非常に面白い動画です。

 

グロービス

『プロに学ぶ!コミュニケーションは「生きていく為の術」』


プロに学ぶ!コミュニケーションは「生きていくための術」~安藤美冬×伊藤羊一×島田久仁彦×田中愼一×木暮太一

 

本題に入る前にこの動画、1度全部見てみて下さい!

何度も言いますが非常に面白いです。

 

 

 

印象的だった所

本当は全部を文字起こしにして書きたいくらいにいい話ばかりなのです。

ただ、そうするわけにはいかないので少しだけ触れます。

 

[コミュニケーションとはなんなのか]

司会者とプレゼンターを合わせ5名で話されています。

 

皆さん、非常に良い話をされています。

 

その中でも特に印象に残っている言葉があります。

田中さんが言われた

「コミュニケーションは力学である」

です。

 

簡単に触れます。

 

武力、財力、権力は意識をして行使する力である。

「その中でコミュニーケーションという力学は意識せずとも発動する力である。」

と言われており、続けて例え話を話されています。

 

発言をしないというコミュニーケーション手段をとったとします。

その行為について憶測が生まれその憶測に基づいて人は動いてしまう。

だから意識せずにこれを行使した場合、危険な場合がある。

 

うまく表現を伝えられない。

難しいですね。

 

ぼくなりの解釈でいくと、武力や財力、権力の行使と匹敵する程の効力を持つコミュニーケーション。

これを無意識の中で使っているという発想に〈なるほど〉と思いました。

 

日常生活の中で

「この人はなんでこんな態度を示すのだろうとか、ガサツだな、一言が余計なんだけど」と言ったような事柄って多分意識せずに使われているのだと思います。

その事で嫌な気持ちになったり人間性を問う憶測が生まれたりします。

 

そういったことを自分の日常に置き換えるとコミュニーケーションは力学なんだなと感じます。

特に意識していない場合は危険だなと思いました。

 

ブログを始めるきっかけとなった部分

50:15分辺りからになります。

 

伊藤さん

出席者の質問に対して

 

コミュニケーションがブレるのは大げさに言って生き様がブレるからブレれないか。

 

生き様がブレてなければコミュニケーションはブレない。

 

では、その生き様をブラさない為には

「あなた(自分の)譲れない思いは何ですか?」

を毎日毎日問うこと。

 

その毎日毎日問うという事はどういうことか?

 

日記を書くことなんです。

ここです。

 

今回1番言いたかった所です!

 

ここから安藤さんがおっしゃっていたのは

「その日記を見返すこと」

これが大切だと話されていました。

 

そこからブログを書く日々が始まりました。

 

書き続けた感想

これまでぼやーっとした日々を過ごしてきましたが、ブログを書く事によって見るものが書くネタ記事にならないかと真剣に見るようになりました。

そこから新たな気づきが生まれたりもしたし、その気づいた事を深掘りする事で知識も増えたのではないかと思います。

 

そして、1番大きいのは自己分析や自己検証に繋がっている実感があります。

ここを積み重ねていく事でいずれは伊藤さんが仰っている

 

譲れない思いはなんですか?

から

生き様が生まれ

そして

コミュニケーションの軸ができ

結果として

思い描く人生を送ることが出来る。

 

という形に繋がっていくのではないかと感じていますし、その事を疑いなく信じてやってみようと思います。

だから、ぼくはブログを書き続けます。

 

最後までお読み頂き有難う御座いました。

 

 

 

 

 

【営業は事務所に居たらいけないのか】

仕事をしていて最近気づいたことがあります。

 

その気付いた事というのは

 

「営業時間帯に事務所に留まり続ける事に罪悪感を覚えている」

 

という事です。

 

まず、前提としてぼくの仕事の仕事ってどんなものかを簡単に記します。

〈仕事内容〉

・営業

・工事

・集金

・検針 etc。。。

プロパンガス屋の仕事です。(他社はもっと分業されてたりします)

 

 

そんな仕事の中で事務所に留まる事にすごく罪悪感を感じてしまう。

こんな事を思ったのはある顧客からの雑談からでした。

現在の状況から顧客との話を順番に話していきます。

 

 

事務所にいると

なぜだかすぐに「もう出なきゃ」と「途中で帰れない」という強迫観念が出てきます。

 

結局事務所内で行う仕事が煩雑になったり、遅れ遅れになり迷惑をかけたりする。

 

というような状況になりがちです。

 

陰ではどう言われているのかはわかりません。

でも、少なくとも直接「早く出ていかないの?」とかは今のところ言われていません。

 

なぜこのように事務所に留まる事を恐れているのか。

 

その答えはまだ追求しきれていませんが2つあります。

・過去に実際言われた事がある

・世間的に外回りというのは外に出掛けていってナンボ!

 

といった経験に基づいた気持ちの表れなのではないかと思います。

 

ちなみに社内ではそのような事を言われている人も聞きませんし、どちらかというと途中で帰ってくる人達ばかりなので、ぼくが特別目立つわけではないと思います。

 

ですが自分の場合は強迫観念に駆られてきます。

 

ここで先ほど触れた顧客からの話を聞きこの症状の対処法としていきたいと感じました。

 

顧客Tさんとの話

対話者は60代後半の男性で定年を迎えた会社に数年後、パートとして再就職したそうです。

 

会社は印刷会社で就職当時40人ほどの規模でしたが現在は400人の社員を抱え上場もしている大手企業になっています。

 

職種は営業畑を歩んでいたそうで当時は各地飛び回っていたそうです。

 

Tさんは60歳で定年を迎えたそうですが、その当時は外回り中心で会社にいる事はあまりなかったようです。

 

定年後、数年経ってからその会社にまた呼ばれたようです。

(今度は営業ではないようですが)

 

そこでびっくりとしたそうです。

大きな会社なので営業職が沢山いるのですが

ほとんどの人が1日中社内から出ないのです。

 

なぜ外に出ないのか?とある営業マンに聞いたそうです。

そうしたらそんなことをせずともメールや電話で要件が済むし、顧客もそうしてくれと言っているようです。

それでも会社は発展し続けている。

 

時代は変わったなと感じたと話していました。

 

 

 

この話の中でぼくが学ぶべきポイント

・時代に合わせた営業スタイルがある

・顧客が望むのは訪問なのかスピーディな対応なのか判断する

・(自他共に)時代錯誤のスタイルをつっぱね、最善の方法を選択する

 

このようなポイントを押さえて行動することで現れるあの

妙な焦り

を克服していこうと感じました。

 

ただ、こんな発想の転換が出来るのはお客様に会って話すことで得られるので

外回りには出来るだけ出たいとこですけどね。

 

おわり

 

 

 

 

【次の一手は何か】 物事を継続する糧を得る方法。

仕事をしていて辛さを覚えた時にタイトルの言葉が頭に浮かびます。

 

「次の一手は何か」

 

これが物事を継続する糧となります。

何かを始めるとき。それを継続した先には成長と成功がある事を思い描きながら

取り組んでいきますよね。

 

でも、それを継続させていった時に日々の忙しさや成長が感じられないもどかしさで

何でこんな事をやっているんだっけ。とバーンアウト(燃え尽き)してしまいそうになります。

 

辞めてしまえばまた冒頭の

「辛くなり何かを始めよう」→「大変だから無理」→「辛くなり・・」

みたいな事を繰り返します。

 

そんな時に考えるのが次の一手なのです。

始める前の初心の気持ちは成長と成功があったはずです。

 

そのイメージに勝る次の一手があれば辞めればいい。

でも、そのイメージの方が強ければ、続けないとまたあの堂々巡りに陥ります。

 

もし、取り組んでいる事に大変さを感じている人がいたら、その事を辞める前に

次の一手を考えてみてもらえるとまた違った判断が出来るのではないかと思います。

ぼくはそのように考えています。

 

自己評価が変わらなければどこへ行っても同じである。

ぼくはサラリーマンです。

当然ですが経営者がおりその人の下で仕事をしています。

 

もちろん良い時もあれば悪い時もありますが、基本的にネガティブな性格のため

悪く見える事の方が多く、その事で生きづらさを感じています。

 

これまでに2度の転職をして、現職は1年ちょっととなります。

1社目は10年。

2社目は2年。

 

1度目の就職先は、新社会人から10年間勤務の後、辞めました。

理由としては部署異動による希望部署の不一致などもろもろありましたが

興味を優先したことも理由の1つとして上がります。

 

その興味というのは

「社会人という枠はどこに行っても同じなのか。それとも会社が変われば全く変わったものに見えるのか」

という好奇心社会人としての窮屈さが非常に強く辞めました。

 

 

その答えは

「自分自身の自己評価が変わらなければどこへ行っても同じである」

という結論に落ち着いています。

 

当時はその会社の悪い所その会社独自のものとして捉えていました。

 

他の会社に行き、業種を変えれば全て解決するとまで考えていたように思います。

 

実際に退職し職種の違った会社に就職しました。

 

当時は営業として従事しておりましたが、今度は職人として仕事を始めました。

 

違ったスタイルを取った事で腑に落ちるかと思えましたがそうではなかった。

 

なぜかこれまでも味わってきた苦しさがどんどん込み上げてくる。

本当になぜだかわからなかったです。

 

2社目でも苦しんでいる最中、現在勤め先の社長に声を掛けられました。

 

〈ちょっと昔話です。〉

今の社長とは実は長い付き合いがあり、ぼくが大学生の頃(18年前)の

バイト先顧客でした。

 

その時に実は誘われており、お断りをしたのでした。

理由は自分で職業を選択したいという思いがありましたので。

 

その後、1社目の就職先では同業他社として交流があり業界以外の話題にも個人的な話を聞いてもらっておりました。

「密かにあの時にお断りしなければよかったかも。」と後悔をしておりました。

〈昔話終わり〉

 

声を掛けてもらえた後、無事転職することができ働き始めました。

 

転職した当初は「やっと苦しさから解放されてのびのびと仕事が出来る!」

と思ったものでした。

 

なんといってもずっとお誘いを断ってしまい後悔が残った会社に就職できたのですから。

そして外から見える今の会社はすごく青く見えました。

(隣の芝は青く見えるという事)

 

働き始めてからすぐは充実していました。

でもだんだんとあの感情が沸きあがってきました。

そう、苦しみです。慢性的な。

 

自分の中で最後の砦であろう今の会社でこの苦しみが沸きあがってくるのであればもうどこに行っても同じなんだと絶望的な気持ちになりました。

 

そこから何がいけないんだろう。どうすれば辛さを取る、又は緩和できるのだろうと考え悩みました。

 

そこで周りを見る事にしました。

 

今の会社の人たちは個性的な人が多いです。自分の思った事を進めていける人たちが多いです。というか殆どです。

それも20代の若手がどんどんとやっている。

 

入社当初、失礼ですが中途半端なやり方で物事が進められているなと

感じたものでした。

でも、どんどん進んで行く。

この人たちと自分とでは何が違うんだろうと考えた先に冒頭の答えに辿り着きました。

 

 

自己評価というものは非常に大切です。

その評価方法は自己を肯定する。

これが出来ないとどこへ行っても見える景色は変わりません。

さあ、苦しさから脱出しましょう。

 

 

 

 

 

 

唯一無二の存在へ近付きたい

自主的な活動って動き続けないと視認されませんよね。

そんな事を何気なく感じました。

 

インターネット上では特にそうだと感じます。

発信しつづけないと、書き続けないと見てもらえなくなる。

 

(ぼくはですけど)有名人でもなんでもない訳ですから。

 

ネットの世界では当たり前なこの常識。

現実世界でもありうる事で特にこんな状況だと特に起こり得るなと感じました。

 

その状況は何かというと

 

従事する仕事以外のもの全部

 

に当てはまると思います。

 

1つずつ見ていきましょう。

 

  

非営利活動

所属している倫理の会。ここには約3年ほど通っておりその3年の間に来られなくなった人達が沢山います。

 

行き始めの頃はこの人は常連だろうなと思える人がおり勉強されているし熱心だなとも思えました。

 

しかし、最近ふとその人の事がよぎりました。

そういえばそんな人がいたなーと。

何でその人の存在を今まで思い出さなかったのか。

 

そう、活動をしていないからです。

 

そう思った頃から唯一無二というものは活動によってしか得られないものであるかもしれないと思い始めました。

 

友人関係

友人といっても幅広いのでここでは学生時代の友人として定義します。

 

ここの関係性はまだ倫理活動より過ごした年数が濃いし、多感な時期を共に過ごした仲間なのでそうそう忘れる事はありません。

 

でも、同窓会をやるとすぐに全員の名前が出てこない。

それってやっぱり活動していないことになっているからではないでしょうか。

 

別に会わずともSNSでの発信をするだけで大抵は活動状況が見られますよね。

 

そうした活動で唯一無二に近づけるのかもしれません。

 

そしてこのブログ

ここは特に!そうだと思えます。

他のブロガーさんはオフ会とかリアル仲間がいらっしゃるのかもしれませんが、ぼくにはいないので。

 

ここではとにかく毎日書き続けること。

それで視認されるのだと確信しています。

視認の数が増えていけば唯一無二に近づけると思っています。

(でも、ほんとは良記事を連投できれば1番です)

 

沢山の人の記事を読ませて頂いております。

みな、様々な特徴があり勉強になります。

 

でも書かなければ忘れます。すぐに。

 

そんな事を感じたので唯一無二になる方法は発信し続ける事ですね。

 

最後に

実生活とネット活動を項目として取り上げましたが共通する事は活動する事。

 

もうこれに限りますね。

もちろんその活動も良質なものにしていく努力をする事で唯一無二になっていくのだと思います。

 

誤解があるといけないので補足ですが、別にみんなの中でNo.1になろうといっているのではありません。

 

誰かの唯一無二に自分がなれたら。

その人が1人でも多ければこんな幸せな事はないと思います。

だから唯一無二にこだわっていきたいものです。

 

おわり

 

 

理想の食はこれだ!

『皆さんにとって理想の食事とはどんなものですか?』

 

おそらく今殆どの人は食べ物のジャンルについてはランクにこだわらなければほぼ何でも食べられるのではないかと思います。

 

焼肉、ステーキ、寿司。

和食、中華、フランス料理。

と様々な種類とジャンルがあります。

 

こんな種類やジャンルのものを様々食してきましたし、数万円もする料理なども食べた事があります。

確かに美味しいんです。

 

でも何か違う。違うんです。

 

その何かとは何か?

 

具体的にわかっているので挙げます。

 

【食べる必要があるから食する】

 

これに勝るものは無いと思います。

 

わざわざカッコ付きの太文字で何当たり前の事言っちゃってんの?

と思われそうなのでちゃんと説明しますね。

 

まずこのように考えたのは中学時代と高校時代の経験からです。

 

当時、スキー部に所属しておりまして練習は非常にハードでした。

そんな練習をする為には「沢山食べる」事が必要でよく沢山食べろと言われていました。

 

ぼくは小柄な体格であったので身体を大きくする為にも食べる必要があったんですね。

でも、元々食べる量は少なめでそこまで食べられなかったんです。

 

自宅に帰れば食事についてうるさく言われることもなく沢山食べる事は特に重要視もしていませんでした。

 

しかし、合宿に行った際に食事にも練習という形でノルマがかかりました。

 

「1人ご飯3杯食べる迄終わらないからな」

 

今でも忘れません。冷や汗どころか脂汗まで出てきたのを覚えております。

その3杯も並盛りとかではなく、特盛。ぎゅうぎゅうに押し込められたご飯。

 

おまけに言われた言葉は

 

「喉いっぱいまで食え」

 

死んでしまう…と本当に思いました…。

 

無理と言ってもスパルタ教師。

許してもらえません。

今の時代ではパワハラ教師、体罰と言ったような問題が起こりそうな話ですが当時はそんなことはありません。ガンガン殴られましたし。

 

頑張って食べるのですが、一向に減らないご飯。

表現ではなくガチで泣きました。

 

おまけに部員の人達はそのノルマを達成し僕だけが居残り飯となっていたことを思い出します。

 

そして覚えているのは食事を終えて部屋に戻るとみんなお菓子を食べています。

うそでしょ。あれだけ食べてお菓子!

もう本当にビビりました。

 

それからは沢山食べろという意味はこういう事なんだなと思い、出来るだけ食べるようになりました。

(努力虚しく大きくはなれませんでした)

 

そして沢山食べる事への喜びを覚えていきました。

食べる事で成長できると思えたし食べた分だけ成長していく。

と思えれば喜んで食べる事が出来ました!

 

はい、ここで昔話は終わりで本題に戻っていきます。

 

この経験に基づいて食に対する考え方が構成されました。

食することの意味というのは沢山ありますが

ぼくにとっては

 

美味しさでも

豪華さでも

楽しさでも

 

なく

 

【食することが力になる!】

 

が結論になります。

 

 

昔味わった食事に対する地獄のような体験がこのような思いに変化するなんて思いもよりませんでした。

 

今は食べたら食べた分だけ太る…

そしてその後は後悔し対処法を考えなきゃいけない…

 

このように、何を食べてもつきまとうジレンマがある限りぼくの結論は覆らないと思います。

 

 

食べる事への意味を最大限に引き出せるのは

 

【食することで力になる!】

 

もう一度言いました。

 

 おわり