ken-j’s diary

大衆の人が「なるほど」と言えるようなブログは書けない。でも少数が「なるほど」って言える記事をつくる。それがこのブログです。

『依存症に陥らないために』倫理の会冊子より。依存についての要約と意見を言わせてもらいます。

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当ブログでも何度かテーマに出していますが、ぼくは朝活会に参加しています。

その朝活会というのは「家庭倫理の会」という団体で平均年齢はかなり高めですが皆自分自身の取り組むべき課題に向かい、明るく取り組んでいる元気のある団体です。

 

今回は家庭倫理の会から発行されている新世からの記事について言及してみたいと思います。

タイトルにもあるように

「依存症に陥らないために」

内容を要約し感想を述べたいと思います。

内容の要約

ゲーム依存により元農林水産事務次官が四十四歳の息子を刺殺した。

定職につかず引きこもり、家庭内暴力も長期に及んでいた。

 

世界保健機関(WHO)はゲーム依存を「ゲーム障害」として国際疾病に正式認定した。

日本では中高生を中心に九十三万人の患者がいるという。

問題は

「部屋にひきこもり、学校や会社へ行かなくなる。親が注意すれば暴言や暴力を引き起こす」

ゲーム依存に陥ると中年になっても抜け出せなくなるそうだ。

 

人間は自分をすべてコントロールできるほど強くない。

ついつい何かに依存してします。

依存には様々種類がある。

アルコール、ニコチン、薬物、ギャンブル、ゲーム。

ショッピング、仕事、恋愛、性。

摂食障害、リストカットなどの自傷行為、盗癖。

 

こうした依存症を克服するまでにいちばん苦しいのは何か?

克服するまでに一番苦しいことは

「決心した自分を裏切ることの繰り返しにより、自己不信の底なし沼に落ち込むこと」

「やめられない自分は情けない」と自分を責める気持ちがさらに依存を駆り立てる。

 

ここで昔話になるが、明治時代。

後藤新平氏という人物によるアヘン吸引の常習化対策が見事であるので参考にしたい。

人は何かに依存せずには生きていけない。

いっぺんにアヘンを禁止すれば暴動が起きかねない。

という事で緩やかに取り締まる方法をとった。

その取り締まりと同時に害毒の少ない酒タバコの製造を無税として転換を図った。

(ぼくの意見:この政策が現代の酒タバコ依存に繋がっているのではと思う)

 

このアヘンからの転換方法を現代にも持ち入れられないだろうか。

頭ごなしに禁止させても、治癒はしない。

緩やかに別の嗜好へ転換させる方法はないであろうか。

肝心なのは

依存症に陥らないための予防策である。

 

依存者は共通して、ストレスや心の痛みや空しさ淋しさを酔いや高揚感によって解消しようとしている。

ほんとうは誰もが晴れ晴れとした心で生きていきたい。

日々、生きる喜びを感じたい。

「明日もいいことがある!」

と信じたいのである。

 

いろいろな喜びの中でもとりわけ大きな喜びは

「人の喜びをわが喜びとする」

ことである。

世の中のために役立っていることの実感は、生きる力を増大させる。

家の手伝いや地域の清掃、身近な老人を助けたり、家庭や学校や地域社会において出来るだけ多くの体験をしよう。

若者には体験をさせてあげよう。

これが依存症予防の決め手となる。

朝活会員の感想

朝活会では月に一度、この要約した部分の内容を元に会員の前で感想や意見を発表します。

その中で多かった感想は、身近にいるわが子や孫が同じくゲームにのめり込んでいて自粛させなければいけないという否定的な感想が大半でした。

上は八十代後半が所属する会なのでその感想は当然なんだろうと感じます。

 

会員には様々な職業の方がおられ、精神疾患の患者を受け持っている人たちがいます。

その方の発表から聞いた話に少し寒気を覚えました。

 

年のころは十八歳の女の子だそうですが自傷行為がやめられないそうです。

カッター刃を常に持ち歩き、引き出しを開ければカッター刃ばかりだそうです。

そう、リストカット常習者です。

 

ぼくのイメージだとどうしようもなく死にたくなった時、一人でリストカットを行うのかと思っていましたがどうやら違うみたいです。

嫌な事が少しでもあったらすぐに切るそうです。

その行為はストレスを発散させる行為にあたります。

 

この自傷行為もまた依存症であるということですね。

この依存症についてぼくが意見をいうべきではないと感じるので、印象深い話でしたという事に留めておきます。

ken-jの意見

ぼくの感想は最後に述べました。

各会員さんの発表は先ほど述べたように子供たちへゲームへの自粛がほとんどでした。

中には内容が広がりスマホ依存についても(否定的な)意見を述べらてる人もおりました。

しかし否定だけしていてもよいのでしょうか。

ゲームを追求することでEスポーツで活躍できる人間になったり、熱中しているゲームを実況することでYouTuberとして楽しく仕事が出来る可能性があるのではないでしょうか。

 

大切なのは熱中するものをどのように社会と繋げていくか。

ここが最も重要だと感じます。

 

このように述べて頷いてくれる方が多数おられたので嬉しく思いました。

どうでしょう?

この意見は間違っていないと思います。

 

今回のテーマは依存症でしたが、その依存も長所が見いだせれば誰かの役に立つ長所になるかもしれません。

 

ぼくの場合は晩酌・・。

何か役立たせたいものです。

 

最後までお読み頂きありがとうございました。