ken-j’s diary

日々の生活で感じた事や思い出した事を綴っております

自分を嫌いだった15年の弊害

前向きに肯定的に考える。意識する。自分を誉める。

と、

いう考えが良い人生を生きるという事に直結する事に、近年の勉強で分かってきた。

 

いつ位か、すごく辛い時がぽつぽつと出てくるようになった。出来事という事もあるが、何となく感情的になる事もかなりあった。

 

「大人になるって事はこういう事なんだな」

と思ったり

「この状況、この会社だからなのだろうな」

と解釈する事が常だった。

 

転職を2度し、その状況の打開になると思ったが、いつまで経っても同じ。

今も、やっぱりある。

 

これはなぜだろう?

こんな心境をこれからも死ぬまで続けるなんて辛すぎると、本気で思った。

 

諦めるにもそれ相応の勇気がいるが、そんな事で「相当の勇気」を使いたくない!

と思い、ヒントを探し始めたのが、一昨年位だったと記憶する。

 

本を読み、テレビを見て、成功している人の話を聞き、少しずつ見えてきた。

 

とにかく

・楽しそう

・楽観的

・深く考えていない様に見える

・自分を信じている!

 

様々な解決策へのヒントがあるように思えた。

 

では、自分の場合はどうだろう。

 

思い返してみれば

楽しく!

楽観的に!

深く考えず!

自分に絶対の自信がある!

 

という時代があった。

20歳位までだ。

その頃、ぼくは調子に乗って努力をすれば

日本を動かせるとまで本気で思っていた。

 

それが大学に入り、いつの間にか頑張ってる人との差を気にするようなっていた。

 

具体的に言うと就職して働き、自分の面倒を自分で見ている友人を見ては

「ぼくは親に金を出させ、勉強と称して楽をし、甘えている」

と言った感情が大部分を占めていった。

 

ここからは自分に厳しい生活の始まりだった。

あいつならこうしているとか

こんなレベルでどうするんや!

お前は(自分)本当にダメなやつやな!

と自分に言い聞かせきてた。

 

こうやって考えてみれば15年ほど、自分を卑下し続けてきた。

これが正解なんだと思い込んできた。

 

だが、違うんだなと今は思う。

前を向き、どんどん新しい事や困難な事に挑戦している人は自分を誉めている。

 

自分を褒める事を忘れてしまった15年間。

非常に勿体ないと思うけど

今からは幸せな人生が起こり始める事にわくわくする。

 

ぼんやりとだが、人生の終わりを最高に出来る形の輪郭が見えてきた。